七五三なんかに手を出すべきではなかったでござるの巻

Pocket

七五三が日本のIT業界をダメにした

始まりの物語はこちらから読めます→「出会いはSNS・・・」つづき↓↓↓元夫は、仕事が長続きしない。わたしと付き合い始めてから転職し、同棲開始と共に2社目を辞め、3社目に面接に行った。わたしも病院の新人研修が始まって、病院に寮があることを知った。同棲して結婚を視野に入れて名古屋まで来たけど元夫が仕事を辞めてしまったからお互い仕事が落ち着くまでの間でも寮に入ったらいいのでは?!とわたしは喜びました。が、元夫は即却下。一緒に住まないと意味がないと。なにが意味がないんだか今じゃ全くわからない。6才も年上なんだから、お前も社会人経験を少しでも積んで、それから迎えに行くよくらい言えってはなしよ。わたしも働きたくなくて、年上の家に転がり込めばラクできる~とか甘い考えを持ってたのがそもそもの間違いだったけど。元夫は、口は達者なので転職先もすぐ決まりました。それは本当に良かったと思いました。わたしも元夫も順調に仕事をこなし、その時は楽しい生活を送ってました。二人で外食して、二人で買い物して、二人でお風呂入って、二人で旅行して、二人でイチャイチャして、いつも一緒にいるのでお互いの欲求を満たしてきました。そんな生活を送って半年後。仕事も順調。職場の同期や上司とも仲良くなった頃。事件は起きた。性欲まみれの夫は避妊をしない人だった。危険日に出されなければ大丈夫と変な自信があった。実際に本当に大丈夫だったのでタカをくくっていた。私は大バカでした。そんな危険日に限って元夫は中に出した。確信犯だった。ニヤニヤ笑っている元夫。なぜ笑っているのか初めは気付かなかったけど、ハッ!と気づいてキレた。当時いい大人だったけどアフターピルの存在を知らなかった。泣いた。泣いてる私を諭すように「結婚するんだから何も問題ないだろ?」問題ありあり。どの口がそんなことを言えるのか。わたしは新卒で働き始めたばかり。元夫は転職したばかり。しかも借金中。仕事を始めたばかりでこれはないだろと思った。そして見事妊娠した。つづく過去記事いいね!ランキング1位サプライズを仕掛けドヤる元夫。2位モラポジ夫の決意表明。3位独立宣言するも世の中そう甘くない現実にぶち当たった元夫。たまにやるとハマる。マテル・インターナショナル *ウノ カードゲーム B7696↓すっきり着れるフォーマル服。価格も財布に優しい。 【パンツドレス セットアップ 半袖】テーパードパンツ レディース セットアップ 通勤 卒業式や卒園式・七五三やお宮参りにも使えるフォーマル対応可 トップス&パンツ カジュアルスーツ 入学式・卒業式・発表会・生日会・結婚式
価格:3500円(税込、送料無料) (2019/6/16時点) 楽天で購入 1枚は持っておきたい。 へたらなくて丈夫なバスク生地。ベーシックを長く着る。バスクTシャツ・5月25日20時〜発売。(100)◎メール便可!
価格:2484円(税込、送料別) (2019/6/16時点) 楽天で購入 コーデはここで真似する。↓絵本:がらがらどんを是非読んで欲しい

わかるわぁ。七五三なのよねぇ

こんにちは。ゴボウ男子です今回は、育児中の親との付き合いについてです。ここでの「親」とは、私の両親で、つまり妻にとっては「義両親」にあたります。私にとって、春は悩ましい季節です。なぜかと言うと、遠方に住む私の両親がゴボウ一家に会うために旅行がてらやって来るというイベントが毎年恒例になっており、私は決まって「親」と「妻」との板挟みにあうことになるからです
私の実家は北国の方で、かつその中でもへんぴな場所にありまして、ゴボウ家から帰省しようとすると移動だけで1日かかるのです。そのため、金銭的にもスケジュール的にも、なかなか気軽に行き来できないという事情があります。
そこで、定年を迎えて時間もあり、もともと旅行が好きだった両親のほうが年に1度、雪解けの季節に合わせて数週間の全国行脚を計画し、ついでにゴボウ家に訪れる、という不思議な慣習ができあがり、それが両親のここ最近の楽しみになっています。
孫の成長を見に来てくれることは私としても嬉しいことですし、両親から会いに来てくれることで帰省の労力や費用が浮いて正直大助かりなのですが、一つだけ困っていることがあります。それは、いつも両親は全ての旅程を決めてしまって、宿や飛行機の予約も済ませてしまってからゴボウ家を訪れる日を決定事項として「通達」してくるのです。そのため、来訪の可能性のある春ごろは、先に別の予定を計画していても後から両親が予定を重ねてきてしまうということがどうしても起きてしまいます。ただ、私としては、わざわざ来てもらう申し訳なさやありがたさもある手前、「こっちだって予定があるんだよ」と強く出ることはできず…妻からもせめて、あらかじめ複数の候補日を用意した上で事前に調整できないかと何度も言われるのですが、私の交渉力のなさが災いして、結局こちら側の予定を延期あるいはキャンセルするはめになるのでした。こうして、毎年ゴボウ家代表として交渉の矢面に立っていると、どうも私の両親は、私たち家族を自分たちの家族の一部分として捉えているな、と感じることがあります。つまり、私は今でも「息子」であり、私の妻は「娘」であるからして、ゴボウ家族は、家督たる私の父の「所有物」であるということです。まあそれは少々言い過ぎだとしても、心のどこかに「親の言うことなんだから素直に受け入れてくれるはず」という期待があるはずです。
一方の私たち夫婦ですが、両親と私たちはあくまで「別々の独立した家族」であり、互いの価値観や意向を尊重しあう関係を望んでいます。ここまで育ててもらった恩はもちろんありますが、だからと言って半永久的に、親の言うことを何でも無条件に聞き入れるという関係はあまり健全ではないとどうしても思ってしまうのです。これは、私の親世代からはあまり共感を得られない感覚かもしれませんね。
ただ、今でこそ、このように思うようになりましたが、結婚当初~妻の初産あたりまでは、親の言うことを何でも「いい息子」として聞き入れていて、親との詳しい交渉を避けたいがために「夫」として妻やゴボウ家の意向を尊重したり、うまく橋渡しすることができていませんでした。そのために、親も知らず知らず妻の地雷を踏んでしまい、一時期は、親の話となると、妻とは決まって険悪ムードに。妻からは、「あなたは自分の今の家族と、元の家族とどっちを大切にしたいわけ?」という、ありがちな言葉を投げられる始末。ああ、我が家にも義両親問題勃発か…と心が折れかけましたが、これではいけない!と一念発起した私は、これまでの親とのコミュニケーション方法を「親と息子」から「独立した家族同士」に少しずつ改善していきました。
そして 2018年。私はこれまでの反省を生かし、とにかく先手を打つしかないと、年明け早々に年間計画を立て、こちらから来訪時期を提案してみようともくろみました。
そして、「春先はいろいろと予定もあるし、今年は両家で七五三の家族写真も撮りたいから、秋頃に来てもらえるように提案してみよう」
と妻と話がまとまった矢先、母から一本のメールが届きました。

4月21日にそっちに行くよ

ゴボウの健闘むなしく、私の両親は、日程を決めるのは親の方で、調整するのは私たちという関係性をすぐに変えることは難しいようです
ただ、進歩として、3か月前に来訪日を通達してきたため、こちらの予定の調整は少し楽になりました。妻も、ひとまず多少の歩み寄りが見られたことに満足したようでした。
こちらの思惑とは異なりましたが、親は親なりの方法で、配慮しようとしてはいるのだなと感じました。家族だからいいだろう、とか家族だから無理を聞くべき、というようなことが重なると、家族自体がしんどいものになりかねません。家族なのに気を遣いあうなんて他人行儀で嫌だ、という声もありますが、家族だからこそ、しっかりとコミュニケーションを取り合い、お互いを尊重し合い、無理なく付き合っていけたら義務感や慣例にとらわれない、本当の結束が生まれるような気がします。今後も、独立した家族同士、お互いに努力し、歩み寄って、健全な親族関係を築いて行けるよう、しっかりと調整していかねば、と思うのでした。

コメントは受け付けていません。